青函トンネルのあらまし
青函トンネルは、津軽海峡の海底下にあり、青森県今別町と北海道知内町を結ぶ鉄道トンネルです。全長54キロメートル、うち海底部23キロメートルあります。第二次大戦前から工事計画がありましたが、1939年(昭和14)に世界最初の海底トンネルである関門トンネルの開通によって一層、気運が高まり、戦後まもなく津軽半島から松前半島にかけた地質調査がおこなわれました。1949年(昭和24)には、当時、鉄道省や運輸省など、政府によって経営されていた鉄道事業が独立採算制の公社「日本国有鉄道」(国鉄)になり、その際、青函トンネルの計画はいったん打ち切られました。しかし1952年(昭和27)に国の計画としてとりあげられ、大規模な海底の地質や地形調査が行われ、1956年(昭和31)には掘削工事の可能性が明らかになりました。その後、国鉄では東海道新幹線の工事が優先されましたが、1954年(昭和29)に青函連絡船洞爺丸の遭難もあり、青函トンネルの早期着工が期待されました。1964年(昭和39)に「調査斜坑」が起工され、当時発足した日本鉄道建設公団が工事にあたりました。「調査斜坑」は地下270メートルの最深部で水平となり、のちの「先進導坑」にあたります。
1965年(昭和40)、日本鉄道建設公団は基礎的な測量を国土地理院に依頼しました。トンネル延長が長いため、渡海水準測量をはじめ辺長測量、天文測量、重力測量や地球の曲率も考慮する必要があったからです。一般にトンネル建設では掘削を始める前に地表において、両坑口を結ぶ基準点測量、中心線測量、水準測量を実施します。さらに直接、地表から竪(立)坑を掘って位置の点検をすることができます。しかし大規模な海底トンネルではこのような方法はとれず、渡海三角網や渡海水準点 を構成して測量しました。両坑口の近傍に設けられた基準点の座標が高精度であり、かつこれらの基準点から出発した坑内測量の結果が高精度であれば、両坑口から掘削がトンネル内で正確に出会うことが期待されました。
本坑の掘削に先立って、「調査斜坑」につづく「先進導坑」が掘削されました。北海道側が1967年(昭和42)に、本州側が1970年(昭和45)に着工、1983年(昭和58)「先進導坑」が貫通して本州と北海道が結ばれました。1971年(昭和46)には「作業坑」、「本坑」の掘削が着工され、大量の出水を克服して、1985年(昭和60)に貫通しました。1987年(昭和62)に国鉄は分割民営化にともない、政府出資の株式会社であるJRグループ各社に移行し、鉄道は1988年(昭和63)JR津軽海峡線として開通、2016年(平成28)には北海道新幹線が「新函館北斗」(北海道北斗市)まで開通しました。
津軽海峡の三角測量
1965年(昭和40)に国土地理院は日本鉄道建設公団の依頼により測量を開始し、調査斜坑口近傍の本州側に竜飛、三厩(みんまや)、母衣月(ほろづき)、海峡を横断して北海道側に蝦夷館、丸山、矢越岬の計6ヶ所の渡海三角点が設けられました。三角点は海へ向かって視通の開けているところに選点されています。精度を確保するため既存の一等三角点との結合も検討されましたが、最終的には既存の国土地理院の三角網とは切り離し青函トンネル工事専用の渡海三角網を構成することとなり、工事専用の座標系が設定されました。原点は三厩の既設三角点に設定され、三厩から母衣月方向の天文方位角を観測して測地方位角としました。角観測はウイルドT3型経緯儀で組み合わせ得るすべての角を9対回、辺長測量はジオジメーターⅡ型光波距離儀が用いられました。
津軽海峡の水準測量
渡海水準測量は、まず水準点が設置されました。青森県側に竜飛、鎧島、北海道側は吉岡、松浦の4ヶ所です。水準点はそれぞれの地点に上測点と下測点が設けられ、両測点の比高差は50~70メートルとされました。測量は海峡を横断して2点同時観測法(のちに4点同時観測法)により実施されました。
かつて北海道の水準点の標高は、経緯儀による高度角測定法によって、津軽海峡越えで本州の水準点と関係づけられていました。1903年(明治36)に下北半島大間崎と亀田半島汐首岬間の津軽海峡で測定され「東京湾の平均海面」を北海道に移すことができました。その後、なんども改測されましたが、トンネルができたことで直接精度のよい水準測量が可能になりました。開通に先立ち先進導坑が1983年(昭和58)に貫通しており、このとき真っ先に水準測量がおこなわれました。国土地理院では日本鉄道建設公団が行った水準測量(「基本測量」でなく「公共測量」)の観測値を採用して本州と北海道を結びました。青函トンネル内には国家基準点である国土地理院の水準点はなかったのですが、2003年(平成15)、トンネル作業坑に一等水準点14点が設置、観測されました。
国土地理院による測量は1970年(昭和45)までつづけられ、その後、坑内の測量は測量会社により多角(トラバース)測量が実施されました。[国土地理院測地部:青函海底トンネル基礎測量「国土地理院時報」1966年1月 p25]、[国土地理院:国土地理院時報 100号 2003 p13]、[日本鉄道建設公団:津軽海峡線工事誌 1990 p458]、[日本測量協会:青函トンネル測量 長大な海底トンネルに魅せられた測量技術者たち(中)「測量」2005.2 p12]
竜飛崎の渡海三角点と渡海水準点
青森県竜飛崎(地形図:龍飛崎)の高台、海軍監視哨跡の南に渡海三角点と渡海水準点があります。青函海底トンネルの建設時に設置されました。全体は土台が共通で接合された2基の角柱からなり、西側は一辺35、地上高さ173センチメートルあり、東側は幅12、奥行20、地上高さ64センチメートルで、ともにコンクリート製です。西側の高い角柱の上面には直径8センチメートルの金属標があり「渡海三角点」の刻字が、東側の低い角柱の上面には直径7センチメートルで中央が膨れた金属標に「渡海水準点」の刻字があり、またどちらにも「日本鉄道建設公団・建設省国土地理院」の刻字があります。竜飛崎にはこの水準点とはべつに国土地理院が単独で設置した一等水準点11039号が海軍監視哨跡をはさんで東にあります。
青函トンネルJR竜飛海底駅
青函トンネルには一等水準点が14点ありますが、そのうちJRの見学コースで見られるのは竜飛海底駅(地形図:龍飛崎)の水準点です。2004年(平成16)6月に探訪しましたが、この時点では地形図は未掲載、点の記、測量成果も未公表でした。
JR「竜飛海底」駅から地上に出られる14度勾配の斜坑の下にあるケーブルカー乗り場近くで見つけました。通路よりすこし高い位置に水準点の金属標があり「一等水準点 No.11371 国土地理院」の刻字があります。べつに「標高:-143.3m 2004年3月」のプレートも取りつけてあります。青函トンネル中央の最低位置にあるNo.11379水準点は-256.6メートルですから、この水準点は、はるかに高い位置です。
1987年(昭和62)、日本国有鉄道は廃止されましたが、翌1988年(昭和63)、JR津軽海峡線が開業しました。、JR「竜飛海底」駅とJR「吉岡海底」駅は北海道新幹線の工事にともない2014年(平成26)3月に廃止されました。駅が廃止された後も、緊急時のために避難設備は残されました。